国民投票と改憲手続

憲法96条が定める国民投票の手続と、その公平性をめぐる動き。改正の「中身」ではなく「どう決めるか」を扱う。2007年の国民投票法制定から、近年の改正論議まで。

2007 国民投票法の制定 憲法96条が定める国民投票の手続を整えた法律。第1次安倍政権下の2007年に成立し、2010年に施行された。
事実 ― 制定(2007)

日本国憲法の改正手続に関する法律、いわゆる国民投票法e-Gov は、第1次安倍政権下の2007年5月に成立した1。これは、憲法96条e-Gov が定める改正手続のうち、国民投票の方法を定めるものである。投票権者は18歳以上とされ、成立に必要な最低投票率は設けられていない2。放送によるCMは投票日前14日間に限って禁止され、公務員・教育者の地位を利用した運動などが規制された3

与党の議員立法として、賛成多数で成立した4。一般的国民投票を柱とする民主党の独自の対案は、衆議院本会議で否決された5,6。成立に先立ち、参議院は与党と民主党の共同提案による18項目の附帯決議会議録 を付し、最低投票率やCM規制のあり方など多くの論点を施行までの検討課題として残した7。しかし施行は3年間凍結され、投票権者の年齢・公務員の政治的行為の制限・一般的国民投票の3課題が未了のまま2010年に施行された8

当初の与党案と民主党案の主な違い5,9
項目与党案民主党案
投票権年齢満20歳以上原則満18歳以上
国民投票の対象憲法改正のみ憲法改正に加え、重要な国政問題の国民投票
投票の記載方法賛成は○、反対は×を自書賛成は○を自書、反対は無記載
「過半数」の母数有効投票総数の2分の1超無効票を含む投票総数の2分の1超
組織的買収・利害誘導罪設ける設けない
推進意見

与党は、憲法96条が国民投票による改正を定めながら、その手続を定める法律が長く整備されてこなかったとして、立法府の責務として法整備を進めた。国民投票運動はできる限り自由にし、規制は必要最小限にとどめるべきだとして、CM規制も投票日前14日間に限った3。最低投票率を設けなかったのも、要件を厳しくしすぎると改正の道を実際上閉ざしかねないとの立場による2

批判意見

野党や日本弁護士連合会(日弁連)は、進め方と中身の双方を批判した。与党が対案を退けて採決を急ぎ、単独に近い形で成立させたことを拙速だと非難し、中身では、最低投票率がないこと、CM規制が放送の投票日前14日間に限られ資金力の差が出やすいこと、公務員・教育者の運動規制が萎縮を招くことを問題とした2,3,6。日弁連は制定前の意見書で、国民主権の視点が不十分だとして、条項ごとに賛否を示せる投票方法や最低投票率の規定、報道・評論への過剰な規制を避けることなどを求めた10。これらの多くは18項目の附帯決議でも検討課題として引き継がれた7

参考 ― 制度上の論点
論点要点
投票権年齢本則は18歳。制定時は経過措置で当面20歳とされ、公職選挙法・民法の年齢引下げを経て2018年に実現参院・投票権年齢の論点
一般的国民投票改憲以外の重要な国政課題を投票に付す制度。代議制を補う狙いと、国会を唯一の立法機関とする憲法41条との緊張で、附則の検討課題に留まる参院・一般的国民投票の論点
過半数憲法96条は「その過半数」とだけ定め、母数も最低投票率も法律任せ。国民投票法は「有効投票の過半数・最低投票率なし」とし、低い投票率なら国民の少数の賛成でも成立しうる参院・最低投票率の論点

出典

最終更新

2014 2014年の改正 ─ 投票年齢を18歳に 制定時に宿題とされた3課題に対応し、投票権者の年齢を18歳以上と定めた。
事実 ― 2014年の改正

2014年の改正(平成26年法律第75号)日本法令索引 は、制定時に附則で宿題とされた3課題 ── 投票権者の年齢、公務員の政治的行為の制限、国民投票の対象拡大 ── に対応した1。投票権者の年齢は18歳以上とされたが、施行から4年間は経過措置で20歳のままとされ、18歳投票の実現は2018年からとなった2。公務員の運動は一定の例外を除き原則認める一方、組織的な勧誘運動などの規制と、対象拡大(一般的国民投票)は、いずれも検討課題として再び先送りされた2

改正は、自民・民主・維新・公明・みんな・結い・生活の7会派が共同提出した与野党相乗りのもので、2014年6月13日に成立した3。共産党・社民党は反対した4

推進意見

推進した7会派は、制定から棚上げされてきた3つの宿題に与野党の幅広い合意で一定の決着をつけ、投票権年齢を18歳に引き下げて改憲手続を整えるものだと位置づけた。公務員の国民投票運動・意見表明を原則認めたのも、運動の自由を広げる方向の整備だとした3

批判意見

共産党・社民党は、改憲、とくに9条改憲を推し進めるための手続整備だとして反対した4。また日弁連も、同日の会長声明で制度の抜本的な見直しを求めた5。これら野党や日弁連の批判の柱は、主に以下の3点である。
(1)18歳投票を施行4年後まで先送りしたこと
(2)3課題のうち一般的国民投票を再び先送りし、公務員の組織的な勧誘運動などの規制も固めなかったこと
(3)最低投票率やCM規制など2007年以来の論点が改正の対象外で手つかずのままだったこと
日弁連はさらに、最低投票率の導入、過半数を無効票も含む総投票数で算定すること、発議から投票までの期間を最低1年に延ばすことなどを求めた5

最終更新

2021 2021年の改正と、広告規制の宿題 投票環境を公職選挙法にそろえる7項目を改正。あわせて、公平性などを検討する条項(附則第4条)が加えられた。
事実 ― 2021年の改正

2021年の改正(令和3年法律第76号)日本法令索引 は、共通投票所の設置や期日前投票時間の弾力化など、公職選挙法にそろえて投票環境を整える7項目を定めた1。原案は2018年に自民・公明・維新・希望の党が提出したが、CM規制をめぐる対立で約3年間も継続審議となり、2021年に立憲民主党の修正を自民が受け入れて成立した。採決では自民・立憲・公明・維新・国民が賛成し、共産党は反対した2

このとき加えられた附則第4条衆院・修正案 は、施行後3年を目途に、次の2つを検討し、必要な措置を講じるものとした3
(1)投票環境の追加整備
(2)国民投票の公平・公正の確保(広告放送・インターネット有料広告の制限、運動資金の規制、ネットの適正な利用など)
もっとも附則第4条は「検討」にとどまるため、(2)の広告規制の本体は先送りされ、その後の宿題として残った。

推進意見

7項目は、共通投票所や期日前投票など、投票環境を公職選挙法にそろえる技術的な整備であり、できるところから進めるべきだとされた1。約3年にわたり継続審議となっていた法案は、CM規制などを施行後3年を目途に検討する附則第4条を立憲民主党の修正で加え、与野党の折り合いをつけて成立した2

批判意見

日弁連は、審議中の会長声明で「7項目のみ」の改正に反対し、有料広告規制や最低投票率など2007年以来積み残されてきた論点の抜本的な改正を先に行うべきだと主張した4。具体的には、勧誘CMの投票日前14日間の禁止期間を延ばすこと、意見表明CMも同様に禁止すること、公費による広報放送の充実、最低投票率の導入などを求めた4。共産党も原案・修正案のいずれにも反対した2

最終更新

2026進行中 2026年の改正案と、残された広告規制の宿題 2026年、投票環境を整える改正案が4会派から提出された。一方、CM・ネット広告の公平性などの宿題は積み残されている。
事実 ― 2026年の改正案

2026年6月5日、自民・維新・国民民主・参政の4会派は、国民投票法の改正案衆院・議案 を衆議院に共同提出した1,2。内容は、いずれも公職選挙法にそろえて投票環境を整える以下の3点である1
(1)開票立会人の選任に係る規定の整備
(2)投票立会人の選任要件の緩和
(3)FM放送の設備による憲法改正案の広報放送の追加
これは2021年改正の附則第4条が掲げた検討課題のうち、投票環境の整備にあたる部分である。同様の改正案は2022年にも提出されたが、2024年10月の衆議院解散で廃案となっており、今回が再提出である1。改正案は6月11日に衆議院憲法審査会で与野党の合意により審議入りした3

推進意見

提出した4会派は、今回の改正を投票環境を公職選挙法にそろえる外形的な整備と位置づけ、できるところから速やかに進めるべきだとする1。CMの公平性についても、放送事業者の側では量的な配慮を含む自主規制の準備が進んでおり、残る論点は広告の出し手である政党側の取り組みと、広報協議会を通じた公平な広報の確保だ、との整理が示されている4

批判意見

2021年改正の附則が掲げた宿題のうち、核心である公平・公正の確保(広告規制・最低投票率の導入など)が手つかずのまま、異論の少ない投票環境整備だけを先に進めるのは順序が逆だ、との意見もある5。現行法のCM規制は放送に限られており、投票日前14日間のみで、それ以前は自由に放送できるため、資金力の差が賛否の露出量の差に直結しかねない4。インターネット広告費は制定時の2007年にはテレビの3分の1程度だったが、2019年にはテレビを上回るまでに拡大しており、ネット広告は規制の対象外のままである4

争点

CM・ネット広告や運動資金の規制は、表現の自由との兼ね合いもあって意見が分かれ、具体化の見通しは立っていない4。最低投票率を設けるかどうかも含め、国民投票の公平性をどう担保するかが争点となっている。

最終更新